アルツハイマー型認知症の歴史
アルツハイマー型認知症(アルツハイマー病)は、1906年にオーストリアの精神科医アロイス・アルツハイマー博士(右側写真)が、ドイツで行われた精神科地方会において症例報告を行いました。その症例は、夫に対する嫉妬妄想・見当識障害にて発症し、その後に進行性の認知症を呈し、4年半の経過で亡くなった51歳の女性の脳が、他の疾患で死亡した人と比べ明らかに小さく、病理学的異常(老人斑)が目立ったという内容でした。その後の1912年に、アルツハイマーの師匠であるクレペリンが、その著書「精神医学教科書」の中で、その症例に対して、弟子の名をとり、アルツハイマー病と命名したと言われています。
アルツハイマー型認知症の原因
アルツハイマー型認知症は、脳の神経細胞の減少、脳の萎縮、脳への老人斑・神経原線維変化の出現を特徴とします。
アルツハイマー型認知症は、βアミロイド蛋白と呼ばれる異常な蛋白質が脳全般に蓄積することで、脳の神経細胞が変性・脱落してしまうことが原因とされています。そのために、脳の萎縮が進行し、認知症を発症すると考えられています。CT、MRIといった画像診断では、比較的早期から側頭葉内側部(海馬領域)の萎縮が目立ってくるといわれています。進行すると脳全体の萎縮が顕著になります。しかし、いまだにはっきりした原因は分かっていないというのが現状のようです。
老年期の認知症は、アルツハイマー型がもっとも多いとされています。ですので、アルツハイマー病は特別な病気ではなく、年齢を重ねれば誰でもかかかる可能性のある、脳の老化に関係する病気であるともいえます。
また、特殊な例ではありますが、家族性のアルツハイマー病も存在するようです。家族性のアルツハイマー病にはいろいろな遺伝子が関与しているといわれています。第1染色体、第14染色体、第19染色体、あるいは第21染色体上の遺伝子が原因として報告されています。また、非家族性のアルツハイマー病でApo E(アポ・イー)という物質に関する遺伝子異常が多いことがわかっています。
アルツハイマー型認知症の発症と進行は比較的緩やかに進行していきます。しかし、時間の経過とともに、確実に悪化していくのも事実です。多くの場合、物忘れといった記憶障害から始まり、時間、場所、人の見当がつかなくなるといった見当識障害が現れてきます。
物忘れは、病気の進行とともに「最近のことを忘れる」から「昔のことを忘れる」というように変化し、次第に過去の記憶や経験などを失っていきます。
アルツハイマー型認知症の特徴
アルツハイマー型認知症の特徴は、大脳の後半部(側頭葉、頭頂葉、後頭葉)の萎縮が次第に進行していくことにあります。
まず、脳の側頭葉と呼ばれる部分の海馬の脳神経細胞が減るところからはじまります。
海馬は眼や耳から得られた情報を短期に記憶しておく場所です。その海馬が損傷を受けるので、病気の初期段階では「今さっきの記憶」が思い出せないといった症状として現れます。
脳組織の変化としては、「アミロイド」と呼ばれるたんぱく質の沈着(アミロイド斑もしくは老人斑という)と非常に溶けにくい「タウたんぱく」からできる神経原線維が出現します。お年寄りの場合だと、アミロイドの沈着は認知症患者でなくてもしばしば見られます。
アルツハイマー型認知症では比較的早期から側頭葉を中心に比較的強くこの沈着が認められるようになり、徐々に脳の後半部に高度の萎縮がみられるようになります。
こうした変化とともに、正常な神経細胞が徐々に脱落することで、認知症障害の状態になっていくわけです。このような経過をたどる神経組織の変性は、実際に認知症の症状が現れるかなり前から始まっており、発病中の全期間の中頃から症状がはっきりしてくる、極めて長い経過をとる進行性の病気です。
アルツハイマー型認知症は、実際には70歳を過ぎてから症状が出るのが普通で、女性に多く(男女比はほぼ2:3)、痴呆が出てから死亡までの平均罹病期間は5年前後といわれています。 いつから症状が出現したのかはっきりせず、その後は徐々に認知症が進み、最後は全身衰弱や肺炎などの感染症で死亡するといった経緯をたどることがほとんどです。その間、歩行障害や筋肉が固くなる、失禁などの身体症状を伴うことがあります。
それとともに、時間や場所を正しく認識する「見当識」が衰えていき、幻覚や妄想が現れたりします。しかし本人はその認識がなく、無欲状態やうつ状態、もしくは多動、いらつき、不安、攻撃性などの精神症状をしばしば伴います。結果として、社会的行動と個人の習慣も次第に崩壊していきます。
アルツハイマー型認知症の経過
典型例としてのアルツハイマー病の経過です。進行の速さはそれぞれの例で差が大きくありますし、一般には、より若くして発症した場合の方が、進行が速く症状もはっきりしているといわれています。また、抑うつ、不安・焦燥、興奮、不穏、せん妄、幻覚・妄想など認知症の周辺症状を伴うかどうかでも違った経過をたどります。
初 期 | まず「物忘れ」から始まることが多い。最初は初老期にあらわれる、単なる物忘れと区別がつけがたい程度ですが、徐々にひどくなり、仕事や家庭生活でも支障をきたすようになっていきます。日常生活で慣れた行動(入浴、食事など)は自分でできますし、古い過去の記憶はかなり保たれてはいますが、数日前の出来事や、直前の出来事はすっかり忘れてしまう。また、ものをどこに置いたか忘れてしまい、一日中探し回ると行った行動をとる事もあります。 並行して、意欲・自発性・積極性が低下してしまい、世の中のことや周りのことに対する興味・関心が薄れてくることも特徴です。場合によっては、はっきりとした抑うつ気分が見られることもありますし、逆に、理由もない幸福な気分を伴うこともあります。 |
中 期 | 認知症の状態がさらに進行し、記憶障害が顕著になります。最近のことはほとんど覚えられなくなり、過去の記憶さえもかなりあやふやになります。簡単な日常会話の他は、買い物やお金の計算などはほとんどできなくなります。また、日常のありふれた行為、例えば電話をするなどができなくなります。時間感覚も衰え、月日や時間等が認識できなくなります。 一人で外出すると迷子になって帰ってこれなくなってしまうということも良くあります。 |
末 期 | アルツハイマー病の末期になると、ほとんど言葉も出なくなって寝たきりになり、全体的な意識の低下が見られるようになります。また、周囲との交流も全くできなくなり、目的もなく徘徊し続けるといった状態になります。体力も低下し、軽い風邪が肺炎に移行するなど、身体合併症で死亡に至ることも多くなります。 |
アルツハイマー型認知症の治療法
?大変残念なことなのですが、現在のところアルツハイマー病の根治的治療法はありません。また、アルツハイマー病の確実な予防法もわかっていません。
慣れ親しんだ環境の中で親しい人たちとの関係を保ち、生活の質を少しでも低下させないように、周囲の援助が大切です。アルツハイマー病にともなう興奮症状や不眠などがあれば、対症的に鎮静剤や睡眠薬を用いているというのが現状です。
アルツハイマー型認知症と気づいたら…
初期のアルツハイマー病は、老化による単なる物忘れとの区別がつきにくいものです。しかし、少しでも「おかしい」と感じるような出来事があった場合は、アルツハイマー病の専門医や保健所の老人相談を訪ねるようにしましょう。
また、栄養や生活一般の点検、身体的な健康状態のチェックを行うのも大切です。
アルツハイマー病の中には、その進行が非常に遅いものや停止性のものもあり、軽度ないし中等度のまま長く家庭生活を過ごせるアルツハイマー病の老人もいます。
アルツハイマー病の症状が非常に高度になると家庭での療養は困難になり、施設や病院での看護が必要になるなど、経済的にもその負担は非常に重いものとなります。なかなか難しいのですが、アルツハイマー病を早期に見つけ、確実な手だてを整えることが、患者本人だけでなく、周囲のご家族の負担を軽減するためにも非常に重要だといえるでしょう。